本山茶とは

静岡県の茶産地の中で最も古い歴史を持つ本山茶は、静岡県中部を流れる安倍川・藁科川の上流域で生産されたお茶で、静岡県の三大地域ブランド茶のひとつです。
川沿いの山間地の茶園は川霧につつまれ、平野部のお茶と比べて葉肉がやわらかく、鮮やかな緑が特徴です。口当たりは上品で優しく、爽やかで独特の香りを持ちます。この香りは「山の香り」とも呼ばれており、本山茶の大きな特徴のひとつです。

家康の時代の静岡は、江戸と並ぶ政治・経済の中心地として繁栄しており、世界各国と交流を行いました。家康は本山茶を愛飲しており、天和元年(1681年)からは、御用茶として徳川幕府に納めていました。この時代の茶会は政治的にも大きな役割があり、お茶は大切に扱われました。

what’s HONYAMA-CHA 本山茶とは

HONYAMA CHA’s history 本山茶の歴史

本山茶産地の歴史は、
安倍川の上流、足久保の地に端を発します。
今から800年の昔に生まれた
静岡市出身の高僧・聖一国師が中国から持ち帰った
茶の種をこの地に蒔いたと伝えられています。
そしてそれは、本山茶のみならず
静岡県のお茶史の始まりともなりました。

静岡市を縦断する安倍川は、
豊富な伏流水をもった水清い急流。
その流域を囲む茶産地の山々は、しっとりと山霧を抱き、
茶葉に照りつける日差しをやわらげます。
また、寒暖の差が大きいこと、土がミネラルをたくさん含んでいることも、茶栽培に向いている理由。
ここは、大自然が創り出した天然の良質茶産地なのです。
香り高い紅茶の産地ダージリンが産地であるように、
本山茶の里が生み出すお茶も、
ふくよかな香りと深く澄みわたる味わいが身上です。

本山茶の名付け親といわれているのが、
明治・大正期の茶農家・築地光太郎。
幕末の頃、安倍川の支流である藁科川の上流に位置する清沢村(現静岡市清沢相俣)で生まれた彼は、
お茶づくりの研究に余念がなく、明治天皇にもお茶を献上するほどの腕前で安倍の茶の評価を高めていきました。
大正6年、光太郎は清沢の地で手塩にかけて育てたお茶に
「本山」の名を記しています。

彼の生きた時代は、新しい茶産地が続々と生まれていた頃。
伝統ある安倍奥の茶を他の茶産地と区別するために
この名を用いたのでしょう。
光太郎のような熱意ある茶職人を
本山の里は多数輩出しています。
彼ら先人たちの地道な努力と知恵が、
今あるおいしい本山茶を創ってきました。
歴史に名を残す偉人ばかりではないけれど、
彼らの功績の大きさははかり知れません。